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ENSEMBLE ONGAKU ZAMMAI

編曲者ノート


《(未)完成交響楽》 音楽三昧版

第1楽章 交響曲第7番(第8番)ロ短調 D759 「未完成」より第1楽章
第2楽章 交響曲第7番(第8番)ロ短調 D759 「未完成」より第2楽章
第3楽章 ピアノソナタ ニ長調 D850(作品53) より “スケルツォ”
第4楽章 ピアノソナタ イ短調 D784(作品143) より “フィナーレ”  

                                編曲:田崎瑞博 


 
「未完成」として名高いシューベルトのロ短調交響曲は、第1,2楽章が完全なスコアの状態で残っていますが、第3楽章スケルツォはスコアがほんの最初のみ、ピアノ譜によるスケッチは主部はほぼ書き上げたものの、トリオに入ったところで途絶えています。
  スケルツォの作曲は彼の得意な分野でしたから、トリオも含めたこの楽章の完成には手こずらなかったでしょうし、もし仮にこのスケッチが気に入らなかったとしても、あとで別のスケルツォに差し替えることもさほど困難だったとは思われません。しかし第4楽章についてはメモすら残っていないようです。私がもっとも興味があるのは、なぜ彼が作品を未完にしてしまったかではなく、彼が第4楽章についてどのような構想を抱いていたか、もし書き進めていたらどのような第4楽章を書いたか、という点です。  

 実は作曲家の遺作の中には、未完のものがたくさんあるのです。18世紀後半くらいまでの作曲家はいわば「職人」として作品を量産していたのに対して、それ以降の作曲家は一作一作が世間の評価の対象となることから、「芸術家」として納得がいかないものをおいそれと発表するわけにはいかなくなり、それが未完作を生む土壌となったのかもしれません。膨大なスケッチから構築作業を繰り返すベートーヴェンはもちろん、モーツァルトやシューベルトのように速筆でメロディ作りにこと欠かない作曲家にも、未完作や楽章数が足りていない作品がいっぱいあります。それは「芸術家」としての妥協のなさからくるだけではなく、別の理由もあります。                
 交響曲や大規模な室内楽作品の場合、通常4つの楽章の構図を決定する必要があります。おおまかには、両端楽章をがっちりとしたソナタ形式で固め(主調)、中2つを緩やかな速度のものと舞曲系(近親調など)を配置させるわけですが、なによりもそれぞれの性格・曲想の関連性が重要となります。どんなに素敵な楽章を揃えたとしても、前後との折り合いがつかなければ統一感が薄まり、結果、曲全体の美しさがそこなわれてしまうのです。せっかく書いたアダージョやメヌエットを単独楽章として余らせてしまうのは、そうした事情もあるのです。                         

 ロ短調交響曲の筆を中断した彼は、特徴が際立つ4つの楽章からなる、次なるハ長調交響曲「グレイト」を完成させます。巨大な序奏を持つ第1楽章から始まる堂々たるこの作品は、メランコリックな第2楽章と陽気なるも美しいスケルツォを満喫したのち、華やかな第4楽章を駆け抜けます。こうして、見事な関連性と完結感を生み出す作品の完成形を見ると、どうしても彼の頭の中に鳴り響いていたはずのロ短調の第4楽章が気になります。堅牢なソナタ形式を用いた「グレイト」のフィナーレ同様に“歓喜”をイメージしていたのでしょうか。あるいは同時期に作曲された「さすらい人幻想曲」のような壮大なフーガ、あるいは「ロザムンデ」のような多彩な変奏曲、「死と乙女」のような激しいロンドと、興味はつきません。              
 翻って調性のことを考えると、古典派の論理性を重んじた楽章配列とするならば、ロ短調で始まった交響曲のフィナーレは、ロ短調から始めてロ長調に転じるか、 冒頭からロ長調の響きにするか、 あくまでもロ短調を貫き通すかのいずれかになります。   

 ここから私の妄想は激しく拡がります。ほのかに暗い、憧憬に満ちた旋律から始まるロ短調第1楽章からの到達点、すなわち第4楽章フィナーレの“解”とは、どんな姿をしているべきなのか。ミロのヴィーナスの失われた両腕を思いめぐらすように、私はそれを「ロ短調を貫き通すロンド」としました。ベートーヴェンが幾度も提示してきた“苦悩から歓喜へ”ではなく、シューベルトが「死と乙女」で成功させた、“疾走する短調”です。当然のように、スケルツォは未完のオリジナルではなく、その前後にふさわしいものに置き換えることにしたのです。これらを、多様なアイデアを含み持つ「ピアノソナタ」に求めました。さらに転用した2つの楽章は、流れにふさわしいように調を設定し直したのです。(第3楽章/ト長調、第4楽章/ロ短調)                             
                 
 私の試みは、もちろんシューベルトの真意に忠実とは言い難いものです。しかし、この魅力あふれる配列は、もしかすると彼の心の中を一瞬よぎったかも知れません。ヴィーナスの両腕を夢みる考古学者のごとく、そのことが私を捉えて離さないのです。 




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