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音楽三昧アメリカへ飛ぶ

「アメリカの私の大学で演奏してみないか。」作曲家、J.アップルトン氏から話があったのは3年前。氏は作曲家であると同時に楽器の発明なども手掛け、その「シンクラヴィア」は坂本龍一氏などにも影響を与えているのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。氏は偶然私達のCD「ラヴェル・赤」「ラヴェル・青」を聴いて鋭く反応し雑誌に記事を寄せてくれました。

『もともと編曲というものは必要だから行われていたのであって、作品の本質に迫る仕事だとは考えられていなかったが、音楽三昧の編曲や演奏は想像を超えていた。これらは彼らの天賦の才能によって創造されたものだ』(ミュゼ:Vol.18より抜粋)このことがきっかけで訪問先であるダートマス大学/ホプキンスセンターからの演奏料、さらには国際交流基金からの助成をいただいて、この4月にたくさんの楽器とともにアメリカの地に降り立ちました。

ボストンの北西約200q、カナダ国境近くのハノーヴァー市は広大な土地に造られた大学都市で、そこにダートマス大学の施設はありました(創立18世紀)。ヨーロッパの町並みを思わせる美しいレンガ造りの建物が緑豊かな敷地に点在、100年前にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれます。大学での私達は、まさにレジデント(居留)ミュージシャンとして様々な活動に参加しました。面白かったのは美術専攻の学生のデッサンのモデルになった時の事です。演奏を続ける我々と、動きと音までも描こうとする学生の放つ"気"がデッサン室を異様な緊張と興奮で満たし、演奏のテンションもかなり上がりました。また、音楽学の授業や近くの小学校での演奏も。

どの場合もとても興味深かったのは必ずクラスの教授や学生とのディスカッションが設けられたことです。彼らは現在の日本の音楽事情に興味を示しましたし、私達は逆に彼らの大学制度や音楽をとりまく環境などを質問しました。その話の中には日本の古典芸能と西洋音楽の関係、自国文化の保護伝導システムや何と音楽における性差別の問題までも含まれ、議論が尽きることがありませんでした。

さて、最終日はロリンズ教会での演奏会です。

ドーム型のとても美しいチャペル、響きも最高で町でのコンサートの多くがここで開かれているそうです。

また、傍らには9月11日のための祈りの場が設けられてあったことも御報告。

そしていよいよ開演。定義付けも分類も不可能、どこにも存在しない私達のパフォーマンスは果たしてどういう反応を得るのか。冒頭のファリャ「舞踏組曲」でお客さんは明らかにとまどっていました。いったいこの人達は何者だろう。なんの目的でこのような編成と編曲をするのだろう。しかしプロコフィエフ、ドビュッシーと進むにつれて今までとまどっていた空気が少しずつ動いていくのが分かりました。私達はこの変化を感じる時がとても好きです。まさに舞台と客席の"壁"が解消し、音楽を共有する喜びに包まれます。ラヴェルのピアノ協奏曲でコンサートが終わると、いつの間にかスタンディングオベーション。そしてまた質問攻め。作曲専攻の学生がすかさず挙手。

「このような編曲を行うことの長所と短所を教えて下さい」私達は答えます。「作曲家の意図からずれてしまうかも知れない危険といつも隣り合わせていることが短所ですが、逆に編曲によって本質により近づくこともできるのです。」

こうして音楽三昧の初の海外公演は幕を閉じました。
私達はどんなに個性的なことをしても、自然体で音楽を表現していればやがて耳を傾けてくれることを知っています。それは、日本で素晴らしい聴衆に支えられてきたこれまでの財産と言えます。これからも財産を増やしつつ、新たな活動に突入するつもりです(2003年2月2日/津田ホールとの共催公演)。最後に、ホプキンスセンター
の大勢のスタッフの皆さん、名通訳で我々を支えてくれた電通の三好弘子さんに感謝の意を表します。

[アンサンブル音楽三昧 田崎瑞博]

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